和顔愛語


 わたくしたち人間は皆亡くなると閻魔大王様の前で裁きを受けるということです。
 閻魔大王様は大変几帳面な神様で、わたくしたち人間の一生の善行と悪行のプラスマイナスの点数を厳格に点けておられるということです。
 そしてひとり一人のこの世の成績表を閻魔様から授与され、いずれの階層の霊界へ行くかが決定されるということです。


 裁きといっても生きている間、よいことをたくさんしている人は心配いりません。
 点数のいい優秀な人には閻魔様は大変優しく接していただけますが、よくない成績の人には厳しい態度で臨まれます。
 まるで子供の躾や教育に厳しいお母さんのようです。


 この世に生きている間に、ちょっとでもよいことをし続ける、それも意識して行うことが大切で、そうすれば最後の裁きを受けるときも安心していられるというものです。


 よいことをするのは大変で難しい・・・、というご相談とも言い訳ともとれるお言葉をお聞きすることがあります。
 世のため人のために貢献するといいましても、できないようなことをする必要はありません。自分の身の丈にあったできることを心掛けて行うことだと思います。


 子育てで忙しい方や親の介護で大変な方などは、時間を割いてなにかボランティアやご奉仕といってもそんなにできるものではありません。
 お経に出てくる「和顔愛語(わげんあいご)」でもいいのです。
 会う人に穏やかで優しい態度表情で接し、言葉遣いも思いやりのある話し方ができればそれだけでよいことをしていることになります。


 常に自然に和顔愛語ができている人はそれだけでも相当徳のあるお人だと思いますが、わたくしを含め凡人である普通の人は、意識してても続けることは至難です。
 でも、ちょっとでもしないよりはましです。三日坊主で終わっても、また思い直してやりましょう。
 きょうから和顔愛語の実践です。
 まず鏡の前に向かって、微笑みの練習からはじめてはいかがですか?