真の幸せ者


 以前、日頃、わたくしがお世話になっている一神会で、神様の実存を悟ることの大切さとその難しさのお話をお聞きしたことがあります。


 この世に赤子として生まれ、人並みに育ち、平均80年(長い人では90年)無事に生きて、最後の最後は、皆、あの世からのお迎えが待っています。


 その臨終のときに、後悔してもはじまらないのは、”神様の実存を悟ることが出来たか?” だと思います。


 多くの日本人が正月には初詣をし、受験のときは合格祈願、結婚前は良縁成就の祈願、決まれば神前で挙式、子供が生まれたらお宮参り、また七五三・・・、というように神様には生涯お世話になっています。


 わたくしも偉そうなことはとても言える身分ではありませんが、多くの方は、”神様は居られるものとして”、”どこかに存在しておられるはずとして”、あるいはまったくそのようなことも考えずに無意識に、手を合わせ頭を垂れておられるのではないでしょうか。


 まことに失礼ながら、本職の神職、僧侶の方でも、本当に神や仏の実存を悟れた方は数少ないのでは? と思います。


  あぁー、やっぱり、神様は居られたっ! 
  

 この一事(それはそれは大変な事ですが)だけでも、身をもって体験し悟れた人は真の幸せ者です。徳人です。それだけで、生まれてきた意味があったと思います。